僕の夢はオタクのグローバル化です


中国留学から帰ってきて1ヶ月が経った。

就活解禁までもうあと僅か。

目先の就職も大事だが、僕が一生かけて実現したい夢とはなんだろうかと留学中ずっと考えていた。

そして留学の経験を通して、僕の夢が固まった。

僕の夢は、個人・企業、リアル・ネットを問わず、現代カルチャーをはじめとする日本文化を通して国際交流を活発化させ、日本と外国の橋渡しとなり、日本人の海外に対する意識改革を促すこと。

偉そうなことを言ったが、僕が実現したいのは簡単に言うと「オタクのグローバル化」だ。(ここでのオタクは”何かに熱中している人”全般を指す)

日本のオタクに、外国のオタクの熱意と愛を感じ、そして一緒にそれを共有してほしいと僕は思う。

僕は、互いの熱意と愛が国境を越えて混ざりあった時の科学反応をもっと見てみたい。

そして彼らの国を身近に感じてもらい、あわよくばその国に興味を持ってくれたら嬉しい。

それが仕事にならなかったとしても、この夢を実現するために全力を尽くしたい。

 

自分の原体験

僕は今までに人生を変えられた出来事が何度かあったが、思い返してみればそのきっかけのほとんどが”人との出会い”だった。

色んな人との出逢いを積み重ねたことによって、今の自分がある。

だから”コミュニケーション”こそが、この国全体を変える大きなパワーを秘めていると確信している。

 

僕がそもそもこの夢を持ったきっかけも、やはり色々な人との出逢いであり原体験だった。

元々高校生の頃から海外のオタク事情に興味があった僕は、海外で日本文化の発信に貢献した櫻井孝昌先生の著作を読んで感銘を受け、櫻井さんの取り組みとコンセプトが似てる今の学部に進学した。

それから櫻井さん本人と東京で出会い、彼が開設した私塾に入ることになるのだが、ある日居酒屋で酔っ払った櫻井さんに突然中国に行って来いと言われ、中国に1ミリも興味がなかった当時の僕は半ば無理矢理北京に行かされることになった。

しかしそこで出会った中国のオタクのACG(アニメ、コミック、ゲーム)に対する熱意に驚愕し、彼らがきっかけで中国に興味を持ち始めた。

彼らと中国語でアニメを語りたいと思い、帰国後すぐに書店で中国語の教科書を買ったのが僕の中国語学習の始まりだった。

その後東京で日中オタク交流会や国際オタク交流会を主催したり、北京に留学して中国人のオタクグループを取材し、中国のオタク活動をこのブログで紹介したりしてきたが、そこで感じたのは日本人の海外のオタクに対する意識の薄さだった。

 

北京の日中交流会で感じた意識の”ずれ”

北京留学中に何度か日中交流会に参加したことがある。

そこで僕が目の当たりにしたのは、日本人参加者と中国人参加者の意識のずれだった。

僕がそこで出会った中国人参加者は日本語を勉強している大学生か中高生で、彼らはアニメやゲームが好きで日本語を勉強している人がほとんどだった。

彼らは当然日本人と自分の好きなアニメについて語りたいのだが、日本人参加者は自国のコンテンツであるにもかかわらず、オタクな話題に対応できないのだ。

それは無理からぬ話で、そもそも中国に来る日本人は中国経済や伝統文化に興味がある人がほとんどなので、アニメやゲームが好きな日本人オタクは中国では悲しいほどに少ないのだ。(また、オタクの気質上留学する人が少ないのかもしれない)

僕は日中交流会に参加する度に、いつももったいないなあと思ってしまう。

オタクが中国に来れば、すぐに仲良くなれるのに。

お互いに話したいことが噛み合わない光景を見ていて、僕はとても歯がゆく思った。

国際交流において、共通の趣味や話題があるだけでとても強い武器になる。

そして作品に対する熱い思いを持ってるオタクだからこそ、国や人種を超えて仲良くなれる。

だから、オタクは最強なのだ。

 

日本での外国人オタクの現状

これはあくまで僕の交友範囲内での話になるのだが、日本にいる外国人オタクと日本人オタクには大きな壁がある(これに関しては何もオタクに限った問題ではないのだけれども)。

アニメが好きで日本に興味を持って来日したのに、日本人の友達を作れずに寂しい思いをしている外国人を僕は何人も知っている。

彼らが積極的に日本人と関わろうとしないのも原因の一つかもしれない。

しかし、壁を作っているのは日本人であることは確かだ。

日本の良いところを海外に発信しようという活動は以前より活発になったが、外国人に対する偏見を孕んだ空気感は未だに改善されていない。

日本の良いところを発信するだけ発信して、いざ外国人が来日すれば壁を作ってしまうのでは本末転倒も良いところだ。

でも正直な話、外国人と関わりたくないという日本人の気持ちは理解できる。

外国人と話すのは怖い、緊張する、何を考えているのか分からない、下手な英語を話すのは恥ずかしい・・・関わりたくない理由をあげれば枚挙に暇がない。

でもそんな不安が吹き飛ぶくらい、国境の壁を越えてオタク同士交流することの楽しさを皆に知ってもらいたい。

 

オタク国際交流は異文化理解への入り口

もちろん、趣味を通して外国人と仲良くなったとしても、それだけでその国を理解したとは言えない。

そもそも日本に興味を持っている外国人は世界的に見れば少数派であることは変わりないし、その少数派の印象だけを切り取って日本の文化が世界中どこでも受け入れられていると思い込むのはかなり危険だ。

異文化を理解するには、その国の歴史を勉強したり現地へ赴くなど、長い時間が必要だ。

しかし、国際理解とかグローバル化とかそれ以前に、まず海外に目を向けるきっかけが今の日本には必要なのではないだろうか。

グローバル化と謳われる今日の日本社会だが、外国に何の接点もない生活をしてきたのにいきなり英語勉強しろだの外国の文化を理解しろだのいっても土台無理な話だ。

いくら外国語を勉強したとしても、使う機会がなければモチベーションを維持できるわけがない。

今の外国語教育に必要なのは、外国語の授業数を増やすことではなく、実際に外国人と趣味や好きなことを通して交流することによってその国を身近に感じてもらい、外国語学習の強い動機づけを与えることなのではないだろうか。

例えば、僕は中国に留学していた時、ルームメイトのアルジェリア人とワンパンマンがなぜ海外でウケたのか語ったり、銀魂を一緒に見て腹を抱えて笑ったりした。

日本が大好きなチュニジア人の女の子と新海誠監督の作品について語ったり、北京のカラオケ店に一緒に行ってアニソン縛りで歌ったりもした。

中国に来る前は、アルジェリアやチュニジアという国と何の接点もなかったし、アフリカにある遠い国という認識しかなかった。

彼らのような存在はその国全体で見ればすごく珍しいのかもしれないが、それでも彼らと語ることによって少し身近に感じられるようになったし彼らの母国にすごく興味を持つようになった。

僕が経験したことと同じように、最初は自分の趣味や好きなことを通して外国人と交流することによって、一緒に共有できることの喜びと楽しさを知ってもらいたい。

こういう機会を増やしていけば、外国人に対する意識は大分変わっていくだろう。

そして一人一人の意識が変われば、その意識が別の人に伝播し、次の世代、その次の世代へと受け継がれていくはずだ。

 

国際理解への入り口として、オタク国際交流がもっと広まってほしいと僕は思う。

 

櫻井先生の意思を継ぎたい

僕の師だった櫻井孝昌先生は、2015年12月に事故でこの世を去った。

事故の直前にメールをやりとりしたばかりだった。

櫻井さんは僕の高校時代からの憧れでもあり、目標だった。

僕の人生はもはや彼抜きでは絶対に語れない。

あの人がいなかったら僕はそもそも東京の大学に進学してなかったし、中国にも行っていなかった。

あんなに生命力に溢れた人が、こんなにも早く命を失うなんて今でも信じられない。

今でも時たまに喪失感に苛まれることがあるが、それと同時に、櫻井さんがいない今、僕たちが彼の意思を継がなければならないと思う。

僕が彼に代わってできることはあるだろうか?

彼に比べれば僕にできることなんてまだまだちっぽけだけど、自分の人生を賭けて、僕なりの方法で彼が望んだ世界を作り上げたい。

 

最後に

自分の夢について長々と描いてきたが、正直に言うと、こんな文章誰にも読まれたくないし、今読まれてると思うとめちゃくちゃ恥ずかしい。

でも、でかい口を叩けるのは若い今のうちだけだ。

だから盛大に恥ずかしいことを言ってやろうと思う。

そしてそれを、あの頃は若かったな・・・と将来懐かしそうに回想するだけではなく、それを実現できるための努力をしたい。

なんせ、若者から根拠のない自信を取ってしまったら何も残らないのだから。

・・・まあ、夢が決まったからといって、実際のところ、具体的な職業を絞りきれてないのが現状だ。

長い目で見れば、どんな仕事でも無駄な経験なんてないことは分かっているが、やはり自分の夢に近づける業界に行ければそれに越したことはない。

また、日本人オタクに意識改革を促すなどと大層なことを言った、その前に自分が海外のオタクについてより深く、広く知り、関わっていかなければならない。

旅行会社、イベント運営、出版社、マスコミ・・・色々考えられるが、どういう方向から自分の夢を実現するか、まだはっきりしていない。

この記事を読んで、まだ迷走中の僕の夢を応援したいという心優しい方がいらっしゃったら、アドバイスをしていただけると幸いです。

それでは今日はこの辺で。

ではでは。