平日の昼の住宅街を歩くと現れる不思議な感覚〜ジムノペディ現象〜


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日本の住宅街が、好きだ。

平日の昼下がりの住宅街なんて最高だ。

学生の特権を利用して平日の昼に見知らぬ住宅街を探検するのは、僕の密かな楽しみである。

でも、なぜ住宅街が好きなのか?と問われると、返答に窮してしまう。

あえて言うならば、僕は住宅街というよりかは、住宅街にいる時の感覚がたまらなく好きなのだ。

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平日の昼下がり、住宅街には静けさが広がっている。

子供は学校、親は仕事や家事。

平日の昼に住宅街を歩く人は限りなく少ない。

 

「人が密集している地域なのに、外に人が全くいない」

 

風にゆらゆらと揺れている洗濯物、置きっぱなしの自転車、ひっそりと立っている交通標識、寂しそうな公園の遊具、蜘蛛の糸のように交錯している電線、どこからともなく聞こえる風鈴の音・・・・

人が生活している跡はくっきり残っているのに、生活感がごっそり抜けているような感覚に僕はわずかに酩酊感を覚える。

まるで僕以外の人間が忽然と消えてしまい、自分だけが世界に取り残されているような、そんな感覚。

普通の住宅街が、僕には幻想的に映るのだ。

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心なしか時間がゆったりと流れているように感じる。

この感覚は、場末感やノスタルジーとは少し違う気がする。

子供の頃に路地裏で迷子になった時の不安感と孤独感に、わずかな高揚感を織り交ぜた感覚と言ったらいいのか。

僕は住宅街でこの形容しがたい感覚が現れる現象を「ジムノペディ現象」と勝手に呼んでいる。

理由は、単純に住宅街を歩いている時の感覚がサティ作曲の「Gymnopedies」の雰囲気に近いからだ。

僕がなぜジムノペディ現象に強く惹かれるのか。

もしもアニメのようなとんでもない非日常に遭遇したとしても、僕はここまで惹かれなかっただろう。

住宅街という日常空間の中にあるちょっとした不思議が、僕にはとても心地よいのだ。

20代にもなって現実に非日常を求めるなど恥ずかしい気もするのだが、僕はこの感覚を大事にしたい。

ありふれた日常の中に喜びを見出すことができれば、人生は少し楽しくなるに違いないのだから。

 

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