僕にとっての櫻井孝昌さん


僕の師匠だった櫻井孝昌さんが亡くなってから1ヶ月以上が経過した。

この事件を聞いた直後は全く実感が湧かなかったのでブログで書くかどうか悩んでいたが、お通夜や告別式を通して、やっと櫻井さんがもういないという事実を自分なりに受け止めることができた。

今回は今更ではあるが追悼の意を込めつつ僕と櫻井さんの関係について書こうと思う。

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僕と櫻井さん〜きっかけ〜

僕と櫻井さんの存在を初めて知ったのは、高校生の頃に櫻井さんの著書「アニメ文化外交」を読んだことがきっかけだ。

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この本が僕の人生を変えた。

この本を読んでいなかったら、僕はオタク国際交流なる活動をしていなかったし、平凡な人生を送っていただろう。

当時宮城県に住んでいた僕は、東日本大震災で死の恐怖を体験したことを機に、自分のこれまでの人生とこれからの人生をずっと考えていた。自分のやりたいことが見つからず苦悩していた僕は、たまたま中古本屋で買った「アニメ文化外交」を読んだ時、ビビッと頭のなかに電流が走った。

”これだ!自分も櫻井さんみたいに日本のポップカルチャーを通して文化外交したい!”

そう思った僕は、櫻井さんの取り組みに近いコンセプトを掲げている大学を偶然見つけ、部活を辞め猛勉強の末そこに入学した。それが今僕が通っている明治大学国際日本学部である。

僕と櫻井さん〜出会い〜

大学に入学して数ヶ月。

ようやく大学生活に慣れ始めた頃、当時国際日本学部はコンセプトが近いだけで櫻井さんとは何の関係のない学部と思っていた僕は、これからどうしたものかと考えていた。

そんな時だ。櫻井さんと出会ったのは。

なんと、国際日本学部のとある講義に櫻井さんがゲスト講師としてやってきたのだ。

後々から知ったのだが、毎年この時期に櫻井さんがその授業で講演するのが恒例となっていて、学部生の間でちょっとした名物講義になっていたらしい。

僕は死ぬほど嬉しかった。なんたって、自分が一番憧れていた人に会えたんだから。

櫻井さんは、自分が著書を読んで思い描いていたイメージよりもずっと陽気な方で、軽快なトークと取り組んでいる活動のインパクトに思わず引き込まれた。

やっぱり、櫻井さんってすごい人なんだなあと改めて思ったものだ。

講義終了後、思い切って櫻井さんに声をかけた。

”先生の本を読んで、この学部に入りました。”

櫻井さんはニコッと笑って、”ありがとう”と言った。

僕と櫻井さん〜国プロ〜

しかし講演が終わってしまったら、当たり前だが櫻井さんと会う機会がもう無くなってしまう。

せっかく憧れの人に会えても、これきりでは以前と大して変わらない。

どうにかもう一度櫻井さんにお近づきになりたいと思っていた矢先、偶然目にした櫻井さんのTwitterで、私塾開設にに伴い塾生を募集していることを知った。

これはチャンスだと思った僕は、その私塾でどんなことをするのかも知らずに勢いで申し込んだ。

その私塾の名は「国際プロデューサー養成塾」。

櫻井さんのような、世界を跨いで活躍するプロデューサーを育てるのが目的の養成塾だ。

勢いで申し込んだのが功を奏し、櫻井さんとの関係を保ち続けることができ、後にライブの裏方やイベント企画など、僕は櫻井さんの取り組みに関わっていくことになる。

ちなみに余談だが、このブログを始めたのは、当時私塾のアシスタントをしていた現株式会社MATCHA代表取締役の青木さんの影響だ。

僕と櫻井さん〜中国〜

僕が入塾してすぐ開かれた櫻井さんと塾生の飲み会で、酔っ払った櫻井さんがとんでもないことを口にした。

”お前ら、中国行って来い!”

その突拍子もない一言で塾生たちは本当に北京に行くことになり、そこで出会った現地のオタクたちと交流した体験が僕の人生を大きく変える転機となった。

櫻井さんのあの一言がなかったら、僕は未だに中国に興味なかっただろうし、中国語を勉強することもなかっただろう。もちろん、日中オタク交流会というコミニティを運営するなんてあの頃は思いもしなかった。

その後にまた北京に行って櫻井さんが出演するイベントのお手伝いをしたのは良い思い出だ。(詳しくは【女装体験】夏休みの最後に女装に挑戦してみた

ちなみに僕は来月から休学して一年間北京に留学するが、留学をするかどうか悩んでいた僕の背中を押してくれたのは他の誰でもない櫻井さんだ。

僕と櫻井さん〜女装〜

女装を始めたのも、櫻井さんの影響。

”何かをプロデュースする前に、自分自身をプロデュースできないだろうか?” と考えるようになったのは、元々は編集者だった櫻井さんが表舞台で活躍している姿を見ているうちに、何か自分でできることはないかと思うようになったからだ。

しかし、僕はこれといって何か才能があるわけでもないし、武器になるようなものは何もない一介の大学生だ。

自分は何もできないのではないかと悩んでいた頃、ちょうどその時大学で受けていたジェンダー論の先生が女装について話していたのを思い出し、女装してみたら目立つし面白いのではないかと考えて挑戦した。

緊張で震える手を抑えながら、女装サロンに予約の電話をしたのは今となってはいい思い出だ。(詳しくはこちら

中国と女装

現在、中国と女装という2つの軸を手に入れた僕は、ちょっと前までは考えもしなかったことをしている。

詳しくは後日書くが、櫻井さんを通じて、中国の動画サイトで日本のポップカルチャーを紹介する動画を制作しているプロデューサーと知り合い、そのご縁もあって、現在女装をして中国人向けのWeb番組に出演している。

重なるはずのないと思っていた「中国」と「女装」という2つの軸が、ここで重なりあい結びついたのだ。

 

最後に

こうして振り返ってみると、僕の人生を変える転機には、いつも櫻井さんがいた。

櫻井さんが僕に教えてくれたことは、今でも生きる上での土台となっている。

これからも師匠として、そして超えるべき目標として櫻井さんと一緒に活動していきたいと思っていたのに、もう二度と会えないなんて本当に残念でならない。

だが、いつまでも悔やんでいても仕方がない。

櫻井さんの弟子として、櫻井さんの意思を継いで生きていこうと思う。

ご冥福をお祈りします。

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